インサイトレポート
対 談
2022.05.27
【3|臨床研究へのデジタル活用、若手医師/指導医へのメッセージ】乳がん領域のTop KOLが考える臨床研究の現状と今後|岩田広治先生 × 増田慎三先生 対談インタビュー
増田 慎三先生
1993年 大阪大学医学部卒業後、大阪医療センターなどでのご勤務を経て、2021年10月より現職をお務めになっています。臨床で数多くの乳がん患者さんを診療されながら、2021年6月よりJBCRGの新代表理事にご就任され、臨床研究においても、より一層のご活躍が期待されます。臨床の現場を愛知県に移され、アカデミアで後身の育成にもご尽力されています。
岩田 広治先生
1987年 名古屋市立大学医学部卒業後、名古屋市立大学などでのご勤務を経て、1998年より愛知県がんセンター、2012年には同病院副院長兼乳腺科部部長としてお務めになっています。臨床で数多くの乳がん患者さんを診療されながら、長年、JCOG乳がんグループの代表者をお務めになり、日本において数多くの臨床研究を手掛けるなど、乳がんの第一人者としてご活躍されています。
デジタル活用/ePROについて
——叶:ところで、最近、医療領域でデジタルを活用して患者さんのアウトカムを出す、いわゆるePRO(electronic Patient Reported Outcome)が盛んに行われているかと思うのですが、乳がん領域での取り組み状況はいかがでしょうか。
増田先生:ePROは、ウェアラブル端末などを患者さんに身につけていただいて、日々を記録していくというものですね。私たちもそのようなデータを臨床にどのように活かせるかという研究に取り組んでいるところですが、日常臨床を変えるほどの結果として出てきたものはまだあまりないのが実情です。このような取り組みは、患者さんのデータが入力されるだけでは意味がなく、実際にそれを臨床にどのように活かしていくかが重要なポイントになります。本当に医学的に対処しなくてはいけないようなことが出たらかかりつけ医のところへ行くとか、看護師などのメディカルスタッフが対応するとか、そのような医療システムの変化が進むのではないかと私は期待しています。研究の結果が単にQOL(Quality of Life;生活の質)を落としませんでした、ということだけでは満足できないですね。
——叶:実際に臨床で使用できるかどうかも重要だと言うことですね。
増田先生:それをまさにいま、評価しているところです。コロナウイルス感染症が流行して、対面からオンライン診療が認められるようになって、医療体制もオンライン化の波がやってきています。そこにAIを入れて、私たちのような医師を介さなくても対応できるようにするといったことも今後の方向性として十分あるでしょう。今もすでに少しずつ進化してきていますが、今後の医療システムの発展に期待したいと思います。
岩田先生:今のオンライン診療に関連して、国の施策としてeConsentを使用したDCT(Decentralized Clinical Trial)も進んでいますね。DCTの実例としては、AMEDから支援を受けて、我々と名古屋市立大学精神科と実施したSMILE Projectというのがあります。これは、術後の乳がん患者さんにアプリを使用してもらう群と、標準治療のみを行う群とでQOLがどれくらい変わるかをみたものです。この研究では、我々医師は全く介入せずに、全部eConsentでインフォームドコンセントを行いました。我々医師にとって、このeConsentはとても楽な方法なのですが、厚生労働省が基準を明示するなど、法整備も進んでいます。今後の大きな流れのひとつになるのではないかと思いますね。
あともうひとつリアルワールドデータの活用の観点から言うと、ビッグデータをどのように活用していくかがとても重要になります。電子カルテから既に構造化されている数値のようなデータだけを抽出するだけというのはやはり不十分なんです。我々が書いている診療録のような非構造化データも全部構造化してきちんと抽出して、そこから解析ができるような形にしないといけないのです。そのような企業と協力して、なるべく早く日本に参入してもらうことが大事でしょう。
リアルワールドデータを用いて保険承認になった治療がいくつかあります。
増田先生:名古屋大学も同様の動きがあります。非構造化データをいかに正しく精度よく取り込めるか、人の目を介さない、そのままのデータだけでは、役立つ情報は出てこないのだと思います。本当はその部分がAIに置き換わると良いのでしょうけれどね。
——叶:電子カルテから抽出したデータからエビデンスが生まれてくる時代がすぐ目の前にやってきているというお話でしたが、何か課題として感じていらっしゃることはありますでしょうか。
岩田先生:個人情報に対する施設の考え方に課題があるように思います。私も過去に電子カルテの情報を活用しようと施設に掛け合ったのですが、個人情報保護の観点から、施設の判断はNOでした。
増田先生:今回の個人情報保護法の改定も、縛りが強くなった印象です。
——叶:あと、リアルワールドデータの元となる部分なのですが、施設や医師個人の考え方の乖離がリアルワールドデータに与える影響をどのようにお考えでしょうか。
岩田先生:施設間の違いというより、個人の違いのほうが影響は大きいと思います。
増田先生:同感です。
例えば、ステージ分類に関してTNM分類をするにしても、客観的指標はあっても個人によって対処の仕方が違ったりするんですよね。例えば、Tの大きさにしても、浸潤の予想した大きさを評価するのですが、個人間にバラツキが出てしまいます。現実問題として、そのあたりを統一するのはなかなか難しいですよね。
岩田先生:診療部委員会が設置されていて、電子カルテ等の記載がどこまできちんとされているかをチェックする体制がある施設と、そうでない施設もありますし、有名な先生でもカルテをあまり書かない先生もいらっしゃいます。ビッグデータの話に戻りますが、やはり人の能力に頼って入力したデータを集めるようなこともしていますが、その意味に疑問を投じる先生も多くいらっしゃるのも事実です。
増田先生:定義といいますか、解釈が統一されていないままデータが構築されても、そのデータの信頼性はまったくないことになってしまいます。
岩田先生:ビッグデータの在り方についても、どこに資金やマンパワーを投入して、どこに出口戦略を見い出すか、今がそれを考える良いタイミングなのかもしれません。
若手の先生方および若手の先生方を育てる指導医の先生方へのメッセージ
——叶:本日のテーマが臨床研究であることも踏まえて、先生方から全国の若手医師を育てる指導医の先生方へのメッセージをお願いできますでしょうか。
岩田先生:増田先生がおっしゃっていたように、若手が様々なことに触れる機会をできるだけ設けていただきたいということですね。
——叶:昨今の働き方改革を踏まえると、指導医の先生もなかなか若手の先生にそのような機会を与えることをためらわれることもあるのかなと思うのですが。
岩田先生:「このような機会があるから参加してみたら?」ということは言えると思うのです。それをどう捉えるかは若手の先生方の問題です。そもそも、そのような提示がなければ、若手の先生は知る機会すら与えられないことになってしまいます。まずはそのような機会を提示することから始めていただけたらと思います。
増田先生:岩田先生がおっしゃていましたが、ガイドラインに書いてある今の標準治療も大切なのですが、臨床試験もベストな治療法の一つであることを理解したうえで提示することが大事なんです。臨床試験では今の標準治療よりも新しい治療法を試しているわけであり、それを患者さんに勧めていく診療の姿勢をまず見せないと、いくら若手の先生方に「臨床試験しなさい」と言ってもアクセスが進まないなという話になりかねません。そして、それが若手のチャンスにもなるのではないかなと思います。
——叶:さいごに、これからの乳がん診療を牽引していかれる若手の先生方に向けたメッセージをお願いいたします。
岩田先生:若手の先生方に言いたいことは、とにかく何でもチャレンジしてほしいということです。ご自身の今置かれている立場ではできないとか、やってはダメだと思わずに、自分でチャンスの芽を掴んでもらいたいです。上司や先輩医師から頼まれたことがあれば、ぜひチャレンジしてほしいと思います。
あとは日常臨床を一生懸命行うことですね。ただ毎日を漫然とやり過ごすのではなく、日常の臨床の中で自問自答しながら臨床を進めてみてください。
増田先生:岩田先生のメッセージと一部被るところがあると思いますが、やはり患者さん一人ひとりと誠実に、大切に向き合っていただきたいということですね。患者さんのふとしたメッセージや訴えにすごいヒントが隠されていることがあるんです。
ある術後の患者さんが、「どうしても夏になると手術した胸が熱く感じるんです」とおっしゃったことがあります。私はそこに疑問を感じて、自問自答してみました。放射線治療した後の胸は汗が出にくくなるのですが、見た目は全然影響がないのに、このような患者さんの訴えで気づくこともあるんだなと思いました。乳房を温存したら放射線治療は全例行っているけれど、本当に全例にしないといけないのかなという疑問が出てくるわけです。そのような患者さんの些細なメッセージから、こうしてあげたらもっと患者さんの笑顔に結びつくんじゃないのかなというところを、まずは感じ取ってもらいたいです。そのためには、まず診療経験をたくさん積むことが大切になってくるでしょう。
若手の先生に、「どうしてその治療を選んだの」と聞いたところ、「ガイドラインにこう書いてあるからです」と答えられたことがありました。患者さんに、“ガイドラインに書いてあるからこういう治療をします”と言えるのですかという話なんです。きちんと背景を説明し、考えて診療することが大事でしょうね。そして、疑問が出てきたらそれを解決する。解決する方法は臨床研究になりますが、臨床研究グループにはJCOG、JBCRG、CSPORなど様々なグループがありますので、そういった会に積極的に参加していってほしいです。
もちろん、いきなり意見は言えないと思います。まずは、自分たちの先輩の先生方がどのような意見を持っているかを学んだり、感じ取ったりして汲み取っていってください。私の場合でしたら、岩田先生らがそのような場で発言された時に、どのような意味や意図があるのかを推測しながら自分なりに考えてきました。そのように日々を過ごすことが大切だと思います。臨床研究のプラットフォームは我々のほうから提案できると思いますので、まずは臨床研究の課題を見つけていただくのが大事だと思います。
——叶:岩田先生、増田先生、本日は長い時間、誠にありがとうございました。